
どっちが正解?「博多」と「福岡」に隠された歴史ロマン
皆さん、九州の玄関口へ向かう際、「博多」と「福岡」の呼び分けに迷いませんか?
実は、この二つの地名には、約1200年にわたる壮大な歴史と、明治時代の大論争が隠されているんです。
古くから中国との貿易拠点として栄えた博多は、その起源を8世紀頃に遡ります。地名の由来は「土地が博(ひろ)く、人・物産多し」とする説や、鳥が羽を広げたような地形から「羽形(はがた)」が転じたという説があり、中世を通じて国際的な商人の町として発展しました。今も残る山笠や博多織などは、その文化の名残です。
一方の福岡は、江戸時代に入り、初代福岡藩主・黒田長政によって生み出されました。長政が故郷の岡山・備前国邑久郡(おくぐおり)福岡にちなんで、那珂川の西側に築いた城下町の名が「福岡」です。
こうして、東の商人の町「博多」と、西の武士の町「福岡」という、那珂川を挟んだ「双子都市」が誕生しました。両地域の往来は厳しく制限されていましたが、その中間に位置する「中洲」だけは自由にアクセスでき、現在も九州最大の歓楽街として賑わいを見せています。
そして、運命の明治時代。この二つの町が合併し「市」を設立する際、どちらの地名を採用するかで大激論が巻き起こりました。投票の結果、武士の町出身の議長の一票が決め手となり、わずか1票差で「福岡市」が誕生したのです。しかし、博多の歴史と商業的な重みを考慮し、鉄道の駅名には「博多駅」の名が残されました。
このドラマチックな経緯を知ると、博多駅に降り立った時の重厚感や、天神(旧福岡側)で感じるモダンさが、より一層興味深く感じられます。福岡を訪れる際は、この「双子の街」の歴史に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

