
筥松と箱崎、福岡県民が知らないディープな歴史
福岡市東区にある「筥松」と「箱崎」。どちらも「はこ」と読み、一見すると似たような地名に思えますが、その成り立ちには興味深い違いがあります。地元の方でも意外と知らない、二つの地域のディープな歴史に迫ってみましょう。
まず「箱崎」。こちらは言わずと知れた筥崎宮の門前町として発展してきました。筥崎宮の創建は古く、宇佐八幡宮、石清水八幡宮とともに日本三大八幡宮の一つに数えられます。その「箱崎」という地名自体も、かつて神功皇后が応神天皇を出産した際に産湯を使った箱が残っていたことに由来するという伝説があります。
つまり、「箱崎」は神聖な場所であり、門前町として栄え、商業の中心地としての側面も持っていたのです。
一方、「筥松」はどうでしょう。「筥松」の「筥」の字は、筥崎宮と同じ「筥」ですが、その成り立ちは少し異なります。
江戸時代、福岡藩主黒田氏によって、現在の東区筥松付近に「筥松御茶屋」という藩主の休憩所が設けられました。この御茶屋の庭には、筥崎宮の「筥」にちなんだ松が植えられていたことから、「筥松」という地名が生まれたと言われています。
つまり、「筥松」は、藩の施設を中心とした比較的新しい地名であり、武家屋敷や藩に関わる施設が多く集まる場所として発展したと考えられます。
同じ「はこ」という響きを持ちながらも、「箱崎」が古代からの神聖な場所としての歴史を背景に、門前町として商業が栄えたのに対し、「筥松」は近世に入ってからの藩の施設に由来し、行政・武家的な色彩が強かったという違いが見えてきます。
現在ではどちらも住宅地として発展していますが、その地名のルーツを辿ると、福岡の多様な歴史が垣間見えてくるのではないでしょうか。次にこの地域を訪れる際は、そんな歴史のロマンに思いを馳せてみるのも良いかもしれませんね。
